観光・体験
定番スポットから穴場まで。
見るだけでなく体験できるスポットも充実しています。
78件ありました
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「雨の城ヶ崎」歌碑
城ヶ崎海岸、門脇灯台のすぐ下に、城ヶ崎海岸ブルース第二弾「雨の城ヶ崎」の歌碑があります。作詞は星野哲郎氏、作曲は関野幾生氏。

穂積 忠 歌碑
伊東高校の校歌をも作詞した穂積忠は、北原白秋に師事し、伊豆の歌人として知られています。伊東高等女学校の校長として在職中の1944年(昭和19年)2月17日に、実弟足立重を交通事故で亡くしており、後年この思いを歌った歌碑がさくらの里に建立されました。

室生 犀星 詩碑
大正から昭和にかけて活躍した詩人で小説家の室生犀星。この詩は1923年(大正12年)、犀星が34歳の時、暖香園に滞在した時の作といわれています。その前年に長男を失い傷心のうちにあった犀星は、玖須美の浄ノ池で泳いでいた魚(じんなら)の姿に心を打たれ、じんなら…

松尾 芭蕉 句碑
庶民の笑いを特質としていた俳諧を和歌や連歌に劣らない美にまで高めた功績から「俳聖」と呼ばれる松尾芭蕉。伊東へは一度も足を踏み入れたことはありませんでしたが、市内には芭蕉の句碑が3カ所に建てられています。


尾崎 士郎 文学碑
「人生劇場」の作家・尾崎士郎は、1944年(昭和19年)10月、戦時疎開で東京・大森から伊東に移り、1953年(昭和28年)3月までの約10年間を伊東で過ごしました。飄逸な名作「ホーデン侍従」の主人公は、当市在住当時親交のあった”肝臓先生”こと天城診療所…

七宝焼き制作体験 工房やまざき
伝統ある工芸品「七宝焼き」の体験ができます
海が見える工房で、野鳥の声を聞きながら、七宝焼きの制作体験と購入ができます。金属製の下地の上に釉薬を乗せたものを摂氏800度前後の高温で焼成することにより、ガラスやエナメルの様な美しい彩色を施します。30分から1時間程度で作成でき、その日にお持ち帰りでき…

木下 杢太郎(太田正雄)西小学校歌碑
この詩は1928年(昭和3年)8月、伊東尋常高等小学校(現在の伊東市立西小学校)の校歌として作詞したもので、同年11月に校歌として制定されました。

水原 秋桜子 句碑
水原秋桜子は医者として病院を経営した他、高浜虚子に入門し、のち東大俳句会を興しました。また、新興俳句運動の一環として「馬酔木」を主宰。秋桜子は好んで伊豆の各地を吟行し、多くの作品を残していますが、伊東での作品もかなりの数にのぼっています。

木下 杢太郎「海の入日」
木下杢太郎が郷土伊東の海岸で詠まれたもので、後に与謝野鉄幹、北原白秋、吉井勇らと同人であった新詩社の「明星」【1908年(明治41年)11月号】で最初に発表されたものです。

小室山 五俳人の句碑
1986年(昭和61年)4月、伊東市俳句連盟により、十万本のつつじに囲まれた小室山公園に、つつじまつり俳句大会にゆかりの深い5名の先生方による句碑が建立されました。句はどれも小室山で詠まれたものです。

KIRARA
300種類のガラスから選ぶステンドグラス制作体験
色とりどりのガラスが使われたステンドグラスは、思わず見入ってしまうほどの美しさがありますよね。このステンドグラスの制作体験ができるのが、伊豆高原にある「KIRARA」です。用意されているガラスはなんと300種類!オリジナルのステンドグラスが作れます。伊豆の…

尾上 紫舟 歌碑
明治から昭和にかけて活躍した歌人で、若山牧水など多くの歌人を育てた尾上紫舟。草書仮名の名手としても知られる紫舟自筆の美しいかな文字で書かれたこの歌は、連作「天城野火」の中の一首として伊東で詠まれたものです。

アトリエール ユキ
ハーバリウムやアロマワックスサシェ ・藤かご作りのワークショップも体験できます。新しい趣味をひとつ増やしてみませんか。
東京から移住して はや20年・・・母娘で仲良く・・・時々喧嘩も交えて日々楽しむをモットーに お花を使った小物作りをしています。

創作みらい
小さいお子さんも体験可能!ぬくもりのある自然素材を使用した手作り体験
◆旅色で特集されました静かで自然豊かな環境が人気の伊豆高原。「創作みらい」では、自然に囲まれながら木や枝、葉っぱなど自然由来の素材を使った手作り体験が楽しめます。 【体験手順】まずはサンプル作品を見て、自分がどの作品を作りたいかを決めましょう。…

A&M
純銀粘土で楽しく、ちょっと真面目に宝物づくりをしてみよう!
伊豆高原の城ヶ崎海岸にほどちかい場所にアトリエを構える「A&M」では、オリジナルの銀細工作りが体験できます。純度99.9%の純銀粘土で作る、自分だけの宝物づくりにチャレンジしてみませんか? 作った作品は一生の宝物になること間違いなしですよ!【体験…

北原 白秋 歌碑
詩人・北原白秋は親友・木下杢太郎(きのした もくたろう)を訪れて、しばしば伊東に来ていました。1927年(昭和2年)静岡電鉄の依頼を受け「ちゃっきり節」を作詞し、これを聞いた杢太郎の兄大田賢治郎は伊東の民謡を作ってくれるように白秋に頼みました。歌碑は、19…

萩原 井泉水 句碑
井泉水は東大文学部を卒業し、紅葉の「秋声会」に入り、正岡子規の選を受け、「層雲」を主宰し自由律俳句の歴史を作りました。伊豆への訪れや関わる句・文も多く、川奈ゴルフにちなんだ「ゴルフの球」の名随筆も残しています。
