大室山さくらの里には、大きな穴があいています。

大室山山麓にあるさくらの里は、10月から桜が咲き始めることで有名ですが、奥のほうに大きな穴があるのはご存知でしたか?

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「さくらの里」のなかを大室山のすそ野の方に歩いていくとあるのが「穴の原溶岩洞穴」です。

大室山が今から約3,700年前に噴火したとき、地下に空洞を残したまま地表の溶岩が固結し、のちに地表部分が陥没して、この溶岩洞穴ができたと推測されています。

鎌倉時代に書かれた「吾妻鏡」のなかに、将軍源頼家が和田平太胤長に伊東崎の洞穴探検を命じた記事があり、胤長はその穴で大蛇を退治したと書かれています。その穴がここではないかと考えられています。

地元の池地区に伝わる伝説では、村人を苦しめていた大蛇の退治のお礼に頼家一行を地元に迎え、「四方くづれ」という舞台で余興を見せて慰めたといわれています。現在、字「舞台」という名がつけられた所が、余興をみせた舞台の場所であるとも言われています。

こうした話が語り継がれる中で、いつしかこの洞穴は大蛇穴と呼ばれるようになり、この一帯を「穴の原」と呼ぶようになったそうです。(伊東市池歴史研究 史の会の記述より)

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「さくらの里」に訪れた際には、是非穴の中をのぞいて見て下さい。ちょっと違った気分になるかもしれません。

アクセス方法:東海バス「桜の里」下車すぐ。駐車場あり

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江戸城の築城石の大部分は伊東から・・・というのはご存知でしたか?

これは何だか分かりますか?

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実は昔、江戸城をつくるときの石垣に使われようとした石です。

徳川家康が、江戸に入り壮大な城を築く際、基礎となる石垣用の石の大部分は伊豆から運ばせたそうです。特に伊東はその中心的な場所にあたり、家康から命ぜられた各大名は石丁場(石の切り出しを行なう場所)を設けて盛んに石を切り出し、江戸へと運んでいきました。多いときには3,000艘もの船が月に2度づつ行き来したとも言われています。

その石切場の跡は、宇佐美のナコウ山の周辺にのこり、石を運んだ途中の道には各大名が自分の仕事である証明に刻印を刻んだ石も数多く見られます。

(湯めまちウォーク・宇佐美旧街道石切り場コースhttp://www.itospa.com/yumemati_walk/index.htmlをご参考ください。)

「まつかわ遊歩道」の河口付近には、その築城石がのこされています。石のみが入ったものや大名の刻印が入ったものなど・・・。

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遊歩道を散歩しているといろいろな発見があります。

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伊東温泉箸まつりがおこなれました

8月22日(水)に「伊東温泉箸まつり」がおこなわれました。旅館・ホテルで使った箸を感謝の念をこめて供養しようと始まって、今年で31回目を迎えました。最初は本当に小規模だったようですが、今では伊東の夏を代表するお祭りとなっています。

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箸の供養祭から始まって、神輿の街ねりや梯子のり、よさこい踊りなど祭りの熱気がヒートアップしたところで、クライマックスは花火大会。手筒花火では、その迫力に感動しつつ演者がヤケドしないかハラハラどきどき。海から打ち上がる花火に首が痛くなるほど見上げて大満足!伊東温泉らしい情緒を感じさせるお祭りでした。

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ところで、お祭りが始まる前にちょっと街を歩いてみました。(神輿がスタンバイしているところも見たかったので・・・。)伊東らしくひものの店が目つきましたが、そのなかで50年も続くもつ焼の店をみつけました。女将さんの話では、その当時はこの辺は畑だらけで目の前の道路もなかったとのこと。随分変わったのですね。それにしても長い間店を守ってきたものです。街中をのんびり散歩するのはまたということで。その時には、このお店に寄らしてもらおうと思います。

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