伊東発見隊!
木香る東海館
昭和の初期に温泉旅館として贅を尽くし建てられた木造三階建ての東海館。
今は、伊東市の文化財となり観光文化施設として一般に公開されています。
玄関にたつとまず目につくのは唐破風の彫刻です。細かい手の入った旭日と鶴の彫刻は見事。
ところで鶴と言えば亀、亀はどこに?
ちゃんと後ろに彫ってありました。
東海館 東海館 鶴亀
館内に入ってみると、銘木はもちろんですが、一番目を惹くのは変木の多さ。
客室や廊下、階段などいたるところで使われ、変木の曲線美を生かして静寂さのなかに動的な雰囲気をつくりだしています。
実はこの変木、ビャクシンという城ヶ崎海岸で多く見られる樹で、地元の樹を生かしながらつくりあげた当時の匠の技とセンスは見事なものです。
東海館・ビャクシン 東海館・ビャクシン 東海館・ビャクシン 東海館・ビャクシン
《イブキ(ビャクシン)》
針状の葉を持つヒノキ科の木です。
葉の先端は尖っているものといないものがあり、成長が遅く、大木になるには長い年数がかかります。
静岡県では伊豆半島の海岸にみられ、伊東市では伊豆高原にある2本の大木が市の天然記念物となっています。
イブキ(ビャクシン) イブキ(ビャクシン) イブキ(ビャクシン)
銘木も高級輸入木材のエンジュや黒檀、絞り丸太などが使われ、大広間の格天井の神代杉も含め、今もその価値は全く失われていません。
昭和13年の新館建築の際に、3人の棟梁が各階を担当し、腕を競いあって建てられた東海館。
館内の随所にある昭和の匠の技と粋を発見してください。

松川遊歩道ぶらぶら散歩
伊東の街の中心部を流れる松川。
「東海館」を含めこの松川を中心に伊東温泉が発展してきました。
川沿いにできた遊歩道を歩いてみると、色々と伊東の歴史を発見できます。
松川遊歩道
リエティ
友好都市・リエティと伊東
《オリーブオイルの石臼》
このモニュメントは、本市の友好都市であるイタリア・リエティ市より、「日本におけるイタリア2001」を記念して贈られた「オリーブオイルの石臼」です。
オリーブオイルはリエティ市の特産品であり、石臼の部分は実際に使用されていたものです。
壁面に描かれたオリーブ娘と呼ばれる女性のモザイクが、リエティ市のイメージを良く伝えています。

伊東市とリエティ市は、「松川タライ乗り競争」と太陽の祭の日にベリーノ川で行われる「ワイン樽乗りレース」が縁で、民間交流から発展し、1985年に友好都市となりました。
石臼がおかれたリエティ広場には、オリーブの樹が植えられ艶やかな葉を繁させています。
7月におこなわれる「松川タライ乗り競争」では、この場でリエティフェアがおこなわれます。

《水飲み場のモニュメント》
イタリア・リエティ市から友好の記念に贈られたものです。今も現役です。ちょっとひねってみてください。
オリーブオイルの石臼
水飲み場のモニュメント
伊東初・日本で最初の洋式帆船建造 彫刻 彫刻
徳川家康の外交顧問の三浦按針(ウィリアムアダムス)が家康の命を受けて、この松川の河口付近で日本最初の洋式帆船を建造したといわれています。なぎさ橋のたもとにある「按針メモリアルパーク」には、彫刻家溝口健治氏の手による三浦按針の像が立っています。8月には、この地で「按針祭」が盛大におこなわれます。
源の頼朝青春の地・伊東
《音無神社と音無の森 頼朝八重姫伝承》
曽我物語によれば、伊東の北の小御所に住んでいた若き日の頼朝は、伊東祐親の三の姫・八重姫と結ばれて、二人の間に千鶴丸と名づけられた若殿が生まれました。
二人が愛を語らった場所が、この音無の森・音無神社だと伝えられています。音無の森・音無神社の対岸には、ひぐらしの森があり、頼朝は出会いの時を待って日ぐらし過ごしたといわれ、今はその森に日暮八幡社があります。
両方の森を結ぶ岡橋の手すりには、頼朝と八重姫の姿が描かれています。
この音無神社は縁結びと安産の神様として知られ、拝殿の長押にはたくさんの底の抜けたヒシャクが奉納されています。
これは、穴のあいたヒシャクは水がスポッと抜ける事から安産につながるというわけで、安産祈願とそのお礼に捧げるのだと言われています。
11月10日の例大祭には、天下の奇祭と言われる「尻つみ祭り」がおこなわれ、尻相撲大会、郷土芸能などで境内は大いに賑わいます。
頼朝と八重姫 音無神社 底抜けヒシャク
松川遊歩道を歩いてみると、伊東の生んだ文学者・木下杢太郎の歌碑やレリーフなどまだまだ発見がたくさんあります。
のんびり散策しながら、色々な発見をお楽しみください。
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